2026年1月13日、ホンダは四輪事業の新たなシンボルとして、刷新された「Hマーク」を発表しました。この変更は単なる意匠の更新に留まらず、和光の地で磨かれてきたホンダの魂を、次世代へと解き放つ儀式のような意味を持っています。

1. 三味線の胴に込めた「日本から世界へ」の自負

1963年、ホンダが四輪事業へ参入した際に掲げた初代Hマーク。その輪郭には、創業者・本田宗一郎の深いこだわりがありました。 世界に挑む日本のメーカーとして、彼がモチーフに選んだのは日本古来の楽器『三味線』。その胴(タイコ)が持つ独特の曲線と緊張感をHマークの枠に投影し、和の美学と工業製品の堅牢さを融合させたのです。

宗一郎氏は、経営と造形の相関についてこう語っていました。
「世の中には形は三つしかない。〇と△と□だよ。丸は円満、三角は革新、四角は堅実だ。基本は堅実。その上で時代の動きを見極め、円満さや革新を適量混ぜ合わせることが大事なんだ」
この「〇△□」の調和こそが、ホンダを支えてきた哲学でした。
2. 和光市、技術者たちが守り抜いた「聖域」

この哲学が最も濃く受け継がれてきた場所が、埼玉県和光市にある本田技術研究所です。 1952年の白子工場設立以来、和光はホンダにとって「夢を形にする聖域」でした。宗一郎氏は「営業に技術を支配させてはならない」と、研究所を独立させ、この地で若手と膝を突き合わせて議論を戦わせました。

和光の研究所の入り口で、宗一郎氏が名もなき警備員に正当に止められ、その生真面目さを「しっかりやってるな!」と喜んだという逸話は、今も和光の街に語り継がれています。権威ではなく「個」を尊重し、現場を愛した宗一郎氏のイズム。それこそが、Hマークを守り続けてきた現場の誇りでした。
3. 「枠」の破壊——不退転の決意としてのフレームレス

今回の刷新における最大の変化は、1981年以来続いてきた「Hを囲む四角い枠」の完全な撤廃です。
デザイン論の観点から見れば、ロゴの「枠」は伝統や権威、そして「保護された領域」を意味します。1981年から続くこれまでの枠は、世界のホンダとしての地位と信頼を担保する「証」でした。しかし、ホンダはこの安全地帯としての枠を、自らの手で破壊することを選択しました。

このフレームレスなデザインは、以下の決意を可視化したものです。
- 「自動車メーカー」という定義の枠を超える
- 内燃機関での成功という「過去の栄光」という枠を捨てる
- モビリティの可能性を無限に広げ、ユーザーと直接向き合う
「枠」を外すことは、不確実な未来へ裸一貫で飛び出す覚悟の現れに他なりません。
結び:和光から始まる「第二の創業期」

新しいHマークは、2026年から順次発売される次世代EV「Honda 0 シリーズ」から順次採用されます。 かつて和光の地で、宗一郎氏が「真似をするな、自分の手で松明を掲げろ」と若手を鼓舞したように、ホンダは再び、自ら掲げた松明で暗闇の先を照らそうとしています。

和光市で生まれた革新の精神が、枠を飛び出し、世界の道を駆け抜ける。新しいHマークは、ホンダが再び「夢を追うチャレンジャー」に戻ったことを告げる、自由と挑戦のシンボルなのかもしれません。


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