先日、埼玉県朝霞市にある陸上自衛隊朝霞駐屯地を訪れました。 目的地は、知る人ぞ知る歴史の証人、「振武臺(しんぶだい)記念館」です。

🚧 りっくんランドは現在改装中!

まずお伝えしておきたいのが、隣接する「りっくんランド(陸上自衛隊広報センター)」のこと。 2026年2月現在、大規模な改装工事中でした!現在はVR体験や売店などの一部営業に限られていますが、3月にはいよいよリニューアルオープン予定(一部)とのこと。


子供たちが遊びながら学べる新スペースも登場するそうで、今から春のオープンが待ち遠しいですね。
🏛️ 「振武臺記念館」が語る、激動の昭和

今回のメイン、りっくんランドの裏手にひっそりと佇む「振武臺記念館」へ。 ここは、かつての「陸軍予科士官学校」。昭和16年に市ヶ谷から移転し、終戦まで若き士官候補生たちが学んだ場所です。

館内は撮影禁止でしたが、その分、展示物の一つひとつと真剣に向き合うことができました。

- 20年間の沈黙を破った扁額 特に印象的だったのは、2階に展示されているボロボロになった「陸軍士官学校」の扁額。終戦時、米軍による没収や毀損を防ぐため、士官たちが防空壕へ埋めて隠したものだそうです。掘り起こされたのは1965年。20年もの間、地中で歴史の移り変わりを見守っていた実物の迫力には圧倒されます。

- 「生きた情報」としての終戦資料 玉音放送のレコードや、終戦直後の新聞一面も展示されていました。「阿南陸相自刃」の見出し。教科書の中の「歴史」が、かつてはこの場所で起きていた「リアルなニュース」だったのだと、肌に刺さるような感覚を覚えます。
🇺🇸 キャンプ・ドレイクから現代へ

戦後、この地は米軍の広大な基地「キャンプ・ドレイク」へと姿を変えました。 朝鮮戦争の出撃拠点やベトナム戦争の野戦病院として機能し、周囲の和光・新座・大泉をも包み込む巨大な軍事拠点だった歴史があります。

記念館を後にし、今の街を歩くとその影が今も残っていることに気づかされます。


- 掘り起こされる基礎と、残るアンテナ 現在、理化学研究所の隣で進む新棟建設現場。鬱蒼とした森が切り拓かれた土地からは、当時の施設のコンクリート基礎が顔を覗かせていました。


- 今も続く「戦後」 すぐ隣には、今も米軍の極東放送アンテナがそびえ立っています。和光市が返還を求め続けているこの光景を見ると、戦後80年以上が経ってもなお、歴史は現在進行形で続いているのだと感じずにはいられません。
📝 訪れてみて

かつて1万9千人以上の若者が集った学び舎は、今や平和な住宅街と自衛隊の駐屯地、そして世界最先端の研究施設が共存する場所になりました。

「振武臺記念館」には、ここでは書ききれない士官候補生たちの想いや、当時の熱量が詰まっています。3月のりっくんランドのリニューアルに合わせて、ぜひ皆さんも足を運んでみてはいかがでしょうか。


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